パリ・モンマルトル
ロレット教会内部、左側廊に美しい木製の聖母子像を見つけた。 近づいてその表情に見入る。 凛とした表情が素晴らしい。 「この聖母子像に会うためだけに、この教会を訪れる人も多いんですよ」。教会の司祭が教えてくれた。 なるほど! 左奥の部屋には、鮮烈…
今日はある2つの教会が1つに重なり合うという奇跡的な瞬間に出会える場所に行ってみよう。 まず、地下鉄ブランシェ駅前からピエール・フェンティーユ通りを南下する。途中ピガール通りと交差する地点にゴッホゆかりの家がある。フィンセント・ゴッホの弟テ…
有名人の墓以外にも印象的な墓がいくつもあった。 非常に美しい全身像が飾られた墓。名前を見ると jacqeline didsbury という名前が刻まれていた。 一方、パイプを持った紳士。顔が彫られているのだが、浮彫ではなくて顔面がへこんだ形のユニークな像だ。 こ…
案内図によると、ニジンスキーの近くにギュスタブ・モローの墓があるはずなのだが、なかなか見つからない。 たまたま墓参りに来ていた地元の人に尋ねて、やっと見つけることが出来た。 墓石に名前が刻まれているだけで、何の特徴もない墓。 象徴派の代表的な…
晴れた日、モンマルトル墓地に出かけた。墓地はムーラン・ルージュ西側の坂道を上った所にある。広さは11ha。とにかく広いので、門を入るとすぐにある墓全体の案内図で、目的の墓の位置を確認してから行動するのがベターだ。 入り口近く、すぐにわかるの…
朝、うっすらと三日月が浮かぶ時間に目が覚めた。今日も散策日和。 クリシー大通りの交差点で信号待ちをしていた少女たち。おそろいのディズニーシャツが似合っていた。 マネたちの通ったカフェを探してちょっと違った道に迷い込んだら、ビルの壁面に大きな…
アントレ・アントワーヌ通りの階段脇の家にはかつてスーラやモディリアニが住んでいた。 階段の一番下には、1887年築の自由劇場があり、芸術家たちが頻繁に出入りしていた場所だった。 地下鉄アベル駅に着いた。アール・ヌーヴォーのオリジナルの出入り…
坂道を下って、地下鉄アベス駅方面に向かった。途中、少し広めの広場に「ジュテームの壁」があった。 世界各国の様々な言語で愛の言葉が綴られている。 もちろん日本語も。「愛しています」 「君が好だ」 あれ、送り仮名が変。日本人じゃない人が書いたんじ…
ソール通りに入った。もうテルトル広場の手前まで戻ってきた。サクレクール聖堂も、街並みから頭一つ抜けて大きくそびえ立つ。 名画のポスターを売る店が、店頭にずらりと絵を並べ始めた。 その奥、「ル・コンシュラ」はロートレックやモネらがよく集まって…
「洗濯船」跡から坂道を下って、風車のある建物を目指した。 ムーラン・ド・ラ・ギャレットだ。 19世紀後半、セーヌ県のオスマン知事がナポレオン3世の下でパリ大改造を推進し、パリは近代都市へと変貌した。また万博のために造られたモニュメントがパリ…
サクレクール聖堂のすぐ西側にテルトル広場がある。ここには1860年にモンマルトル村がパリ市に編入されるまでは、村役場があった所だ。辺地のために安い家賃のアパートがあり、そのためにイタリア、スペインなどからやってきた貧乏画家たちが移り住み、…
ケーブルカーで高台まで一気に上がった。サクレクール聖堂をバックにパリ市街を見下ろす。西には高層建築群がずらりと並ぶラ・デファンス。 南にはモンパルナスタワーがよく見える。 手前にはオペラ座の屋根とアンヴァリッドのクーポラも。 街を一望する絶好…
ピガール広場を過ぎると、クリシー大通りからロシュシュアール大通りに変わる。その角には「ブラッスリー・ド・レッシュショフェン」というカフェがあった。 ここはマネのお気に入りの店だった。角地にあるため人々の往来もよく見え、晴れた日には陽光が店内…
朝、三日月の残る青空と共に目覚めた。 モンマルトル巡りは、地下鉄ブランシェ駅前からスタート。春の柔らかい日差しの下、クリシー大通りは明るい光に包まれている。 日の昇る東に向かって歩き出す。ほどなく通り左側に、あの黒猫のイラストが見えた。 キャ…
新年はパリの街からスタートしよう。 といっても、オペラ座やシャンゼリゼといった中心街ではなく、北部の高台にあるモンマルトルの探索だ。ピカソ、モディリアニ、ルノワール、ユトリロといった多くの才能が、無名の若者群の中から時代の寵児として表舞台に…